地平線への鍵 【Sound Horizon考察】

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「Ark」 -『箱舟信仰』が成立する条件-

 かなりの人気曲でありながら、どうにも謎が多い「Ark」。
A byssサイドの中でも、一際とりとめのない単語が散りばめられた構成である為、そのぶん全体像が見えづらいように思います。
 いきなり全体を把握する事が困難なら、ひと先ず情報を断片ごとに解析して、それを繋ぎ合わせるしかない。そうする事によって新たに見えてくるものとて、少なからず有る筈ですしね。
 という訳で、今回は「Ark」という曲の背景に存在する最大の疑問、『箱舟信仰』というものに焦点を当てて考えてみたいと思います。


 そもそも「Ark」という単語は、聖書を出典とする言葉であり、それはつまりヘブライ語、及びアラム語を語源とする言葉である事を意味します。
 意味するところは大きく二つ。「創世記」に於ける「Noahの箱舟」の、『箱舟』。「出エジプト記」に於けるモーセの「十戒」の刻まれた石版を納めたという、『契約の筺(はこ)』の事で、『約櫃(やくひつ)』とも。
 勿論、「Ark」で用いられているのは前者の方ですが、ではどうして、その『箱舟』が信仰の対象に成り得るのでしょうか?

 鰯の頭も信心などとは言いますが、一般的な人間心理としては、何の理由も無しに信仰が発祥する事はないでしょう。
 現世利益の希求、魂(精神)の安寧と救済、自己確立の為の拠り所などと、小難しい言葉でなくとも、単に親が信仰していたから自分もなんとなくというのであっても、それは立派な理由です。
 信仰を持っている人間というのは、概ねそういった理由を何らかの形で胸裡に抱えているものです。

 しかし、特定の事物(この場合は『箱舟』)を信仰の対象とみなすとなれば、それらの「理由」を発生させるに足るだけの、絶対的に必要となる前提条件が二つあります。
 一つは、その事物に纏わる「前例」が存在すること。
 これは別に「事実」である必要はなく、神話、伝承といった実体の見えないものでも構いません。要は、特定の人間にとって「真実」であれば良いのです。
 この点については、私達も理解するのは容易です。なにせ、「Noahの箱舟」の伝承は、私達にとっても馴染み深いものなのですから、それが過去の「救済」の事例であるという風に結びつける事は、改めて意識するまでもないでしょう。

 ですが、もしアナタが『箱舟』を信仰の対象として見ろと強要されたと仮定して、それを素直に受け入れられますか?

 少なくとも、私には無理です。八百万の神を持つ日本人の感覚としても、『箱舟』に神が宿っているという考え方は少々受け入れ難いですし、ましてやキリスト教徒の方であれば尚更でしょう。
 何処かの誰かが「『箱舟』を信仰せよ」という「神の啓示」でも受け、尚かつそれが本物の「奇跡」として認定されでもすれば、また話は違ってくるでしょうが、そんな事態はそれこそ現実的ではありませんしね。
 つまり、特定の事物に対する信仰というものが確立する為には、過去の事例や伝承のみでは不充分なのです。

 ならば、「箱舟信仰」などという代物が立脚される為には、他に何が必要なのでしょうか?

 考えてみて下さい。もし聖書の中に、世界を飲み込む二度目の大洪水が訪れると記されていれば、恐らく我々の世界でも「箱舟信仰」は存在できます。
 ですが実際には、「Noahの箱舟」が登場するのは「創世記」のみの話です。だから我々にとって、「箱舟信仰」は確立され得ない。
 洪水伝説というのは、古くは古代メソポタミアの「ギルガメッシュ叙事詩」にまで遡るもので、それがユダヤ教、そしてキリスト教やイスラム教にまで取り入れられたものだとされていますが、これらの内のただ一つとて、大洪水の再来を謳っているものは有りません。
 だとしたら、これを逆説的に捉える事によって、必要とされるものが自ずと見えてきます。
 そう、それが「予言」や「預言」でも構いません。特定の人間が信じるに足る言葉によって、「未来」に於いてその事物が救済や利益をもたらすという、何らかの確約が要求されるのです。

 それを踏まえた上で、どうすれば「箱舟信仰」という代物が確立され得るのか、改めて考え直してみましょう。
 単にソロルやフラーテルらの境遇のみを鑑みるならば、これは別に難しいことではありません。
 閉鎖環境を作ることによって情報から隔絶させ、『箱舟』こそが自分たちを救うものであると刷り込む(洗脳する)だけで済むのですから、それなりの組織力を持ってすれば如何ようにもなる筈だからです。
 しかし、そうだとするならば、その環境を造り上げる側の者達が、どういった目的や理由で『箱舟』を手段として用いたのかという点を明らかにしなければ、この仮説は完璧ではありません。
 普通に考えてみて、孤児達を集めて集団洗脳を施すような同様の環境を構築したいだけならば、新たに「箱舟信仰」なるものを打ち立てるよりも、既存の巨大宗教を利用した方が遙かに容易であり、加えてリスクも少ないのは明白です。
 絶対的に教義を信じさせるには、例え外部に出た時にも普遍的に存在する教えを断片化し、より純化させた代物を徹底的に叩き込んだ方が、盲信という呪縛から解き放たれる確率は低くなりますからね。
 ですから、「信仰」を植え付けようとする側にとってさえ、それを用いるだけの根拠は必要なのです。だとしたら、確かに存在するより安易な手段ではなく、彼らが『箱舟』を選択するに至るだけの理由は、何処にあるというのでしょうか?

 私の知識が及ぶ限り、現実的な視点からでは、これに対する答えは得られませんでした。
 根拠となるだけの情報が存在しないのですから、どう足掻いても想像や推測の域から逸脱できないのです。
 それはつまり、現実的な視点を捨て去らない限り、「箱舟信仰」の存在を是認する事が出来ないという事でもあります。

 では、答えを外の求めてみたら、果たしてどうでしょうか?
 現実世界には存在しない。エリ組全体に目を向けてみても、その中からは見つからない。では、その外側、SH世界に視線を転じてみれば……?


 そうなんです。『大洪水の再来』を「未来」に於いて確約する、そのファクターと成り得る事物は、SH世界限定であれば存在するのですよ。
 「終焉の洪水」を、来るべき「史実」として断定する、あの書物。そう、『黒の予言書』です。

 お解り頂けるでしょうか?
 『黒の予言書』が存在すると考えれば、「箱舟信仰」は確立され得ます。逆に言えば、「箱舟信仰」が存在する為には、『黒の予言書』が必要不可欠。
 なんともはや、「箱舟信仰」にとって、『黒の予言書』は不可分の代物だという結論に至らざるを得ないのですよ……。


 そうやって両者間をリンクさせて考えてみますと、なるほど、納得できる点も見受けられます。
 おそらくは孤児達を集めた収容施設内での話であろう「Ark」の環境は、ルキアの言う「孤児であるボクを拾って養育した組織」や「組織には似たような奴が何人も居た」という台詞とも符合します。

 些か寓意的ながら、「Ark」に於ける『箱庭を騙る檻』の目的が、仮に《黒の神子》選定プログラムのようなものだと考えれば、孤児達を集め被験体として扱っている事への説明にもなりはしないでしょうか?
 だとすれば、ルキアとソロルらが友達同士であった可能性も出てきます。そういえば彼女達の服装って、カラーリングやインナーのデザイン、ネクタイの有無こそ違え、似たようなセーラータイプの服だったりもするんですよね…。
 ひょっとして、ルキアが「組織に疑問を抱いた」要因の一つが、ソロルとフラーテルの事件だったりするのか…?

 などなど。アナロジーは幾らでも出てきますが、これらがロジックを補強する事は無いので、ここらで止めておきましょう。それでは考察ではなく妄想ですからね。

 ですが、以上の事から、これだけは断言しても良いと判断しました。
 「箱舟信仰」と「黒の教団」は、明らかに何らかの関連を持っている筈であると…。
Copyrights (C) CAZ 【2005年07月30日更新】 | Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜 | HOME
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